「壁」 ラニタリ 5

「何故だ!」
一つ目の『壁』に残る縄を巻き取りながら、ラニタリは叫んだ。自分は間違いなく二つ目の『壁』に到達している。なのに何故煙があがらない?
はじめは、あまりに到達するのが早すぎて、見張りが気づいていないのだろうと考えた。だから狙い撃ちにされるかも知れないリスクを冒してまで、二つ目の『壁』の上で仁王立ちになって煙があがるのを待った。しかしいつまで経っても煙があがる様子はなかった。
ずっと向こう側の一際大きな見張り台の上に、うっすらと人影らしいものが見えた。ラニタリはそれが見張りだと信じ、今度はありったけの声を振り絞って叫んだ。
「煙をあげろ!俺はここまで来たぞ!」
言葉が通じないことなど関係ない。とにかく、自分がここまで来たことを知らせ、煙をあげさせることが最も重要であった。だが、二、三度声を張り上げたが、人影らしきものは微動だにしなかった。やはりあれは、見張りではないのだろうか。
ラニタリは決断した。五つ全ての壁を越え、見張り台まで登ることを。ここで待っていても煙はあがらない。
すでに時間が大分過ぎている。おそらく今年一番の早さで煙をあげさせることはできないだろう。だが、このまま帰るわけにはいかない。煙があがらぬまま帰れば、それは二つ目の『壁』を登ったことを証明するものがない為だ。それは儀式の失敗を意味し、明日からも今までと何も変わらぬ日常が待っていることを示していた。
ラニタリが知っている限り、儀式の最中に二つ目以降の『壁』に登った者はいない。最後にラニタリの一族が、大規模な戦闘を行ったのもラニタリが八歳の時だった。父や異母兄たちをラブラカと見送ったのをぼんやりと覚えている。この時、どこまで『壁』を登ったか知る術はないが、少なくともその後大きな戦いは行われていない。つまり、ここ数年、二つ目以降の『壁』を登った者はいない。
『壁』を越えて行けば行くほど、危険は増す。見張り台に近付けば近付くほど矢の精度は増し、怪我では済まない可能性もある。
しかしラニタリは二つ目の『壁』から三つ目の『壁』へと縄を投げ、必死に鉤爪を引っ掛けようとした。もはや、自分には全ての『壁』を越え、見張り達に直接自分の姿を晒すしかない。もちろん、二つ目が駄目でも、三つ目、あるいは四つ目の『壁』の上まで到達すれば、自分を確認した見張りが煙を上げる可能性もあった。だが、一番確実な方法は、やはり見張りに直接姿を見せることだろう。
この時、ラニタリは一つ目の『壁』の上で感じた不安や緊張から完全に開放されていた。あるのは、ただ煙をあげさせる。この一念だけである。ここで煙があがらねば、これまでの練習が報われぬ。自分の成功を信じて待っているラブラカが報われぬ。そして何より、二つ目の『壁』を越えた自分が報われぬ。
そうして決断した。もし矢が中って、途中で死んでしまっても構うものか。今この時にあって、惜しいものは命ではない。煙をあげることが出来ずに傷つく、己の矜持が惜しいのだと。
ビュンビュンと、矢が自分を掠めて飛んでいる。不思議なことに、恐怖は感じなかった。むしろ心はやけに落ち着いていて、何故か最初に飛んできた矢よりも、精度が下がっていることに気付けるぐらいだった。
流石に一回で鉤爪を引っ掛けることは出来なかったが、それでも三つ目の『壁』では三回目で、四つ目の『壁』では五回目で縄を渡すことができた。そして五つ目の『壁』には二回目で縄を渡すことができ、全ての壁を乗り越えた。
残すは、目の前の見張り台に登るだけである。あたりを見渡すと、幸運なことに階段を見つけることが出来た。ラニタリは懐のナイフを握りしめると、階段から見張りが降りて来ないことを確かめ、一気に階段を駆け上がった。
疲労しているはずの身体が、やけに軽く感じられた。

2011/02/07 | 創作

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    連載再開待ってました

  2. SECRET: 0
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    >>邪道氏
    しかし残念ながら、もう少しで完結しそうです。




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