「壁」 陽春 4
ガチャガチャ・・・。
陽春は1本目の矢を撃つと、すぐに2本目の矢を番えるため、腰にぶら下げた箙をまさぐった。しかし手が震え、なかなか次の矢を抜き取ることが出来なかった。
陽春は弓術が得意ではない。しかも辺りは真っ暗で、人影も月明かりでわずかに見えている程度である。中てることは当然難しいが、わざと中てないようにするのも難しい。あまりにも大きく外してしまえば、威嚇の意味を為さないと考えたからだ。
侵入者がちょうど視野の範囲内に現れたのは幸運であった。必死に睡魔と闘っていた陽春では、もう少し東、あるいは西に人影が現れたとしても気付くことができなかっただろう。一瞬で目を覚ました陽春は、何鮮に教えられた通り威嚇のために矢を放った。人影に当たらぬよう、でも大きく外さぬよう、よく狙いを定めて。
だが矢はあらぬ方向へと飛んでしまい、侵入者ギリギリを掠めていった。いや、もしかして矢は中ってしまったかも知れない。手ごたえは感じなかったが、しっかりと見えたわけではなかった。矢は侵入者を傷つけたかも知れない。
この事に陽春は恐れおののいた。この台に赴任する前、新兵のための訓練を受けたが、もちろん人に向って矢を撃ったことはなかったし、戦闘訓練でも相手を傷つけたこともなかった。相手がいくら蛮族といえど、できることなら傷つけたくはないし、まして殺してしまうことなんて考えたくなかった。
自分の放つ矢が、誰かを殺してしまうかも知れないと考え始めると、急に陽春は矢を撃つことが怖くなった。2本目の矢は番えたものの、弓を構えることはなかった。
陽春はひとまず、侵入者の動きを見守ることにした。何鮮の話を信じるならば、侵入者は藩まで到達すれば、なにもせず引き返すはずである。一本ではあるが、威嚇は行ったし、このまま侵入者が引き返していくのを見届けるのもいいだろう。そう考え始めていた。
陽春が静かに侵入者の様子を見ていると、どうやら彼は縄のようなものを盛んに投げているようだった。やがて、ギャンという音がすると、縄が風を切る音がしなくなり、変りに侵入者がモソモソと動き出した。目を凝らしてさらに様子を見守っていると、どうやら彼は渡した縄を伝って、藩に向って移動しているようだった。
「なるほど・・・。」
陽春は縄の上を軽やかに移動する侵入者を見ながら、感心して声を出してしまった。
侵入者がやってくるとは聞いていたが、どのように侵入してくるのか、今の今まで考えもしなかった。関城と藩の間には茨を敷き詰めた堀が掘られているはずだが、どうやら侵入者は縄を使ってその堀を一気に越える算段らしい。実に鮮やかな方法と言えそうだった。
陽春は、黙って侵入者が藩に移動する様子を見守っていた。そしてしばらくの後、侵入者は藩の上に到達した。侵入者は藩の上で仁王立ちになっている。
陽春はさらにそのまま様子をうかがい続けた。侵入者は藩に到達したはずであるから、ほどなく引き返し始めるはず。そう考えていた。
あたりを静寂が包んだ。侵入者は仁王立ちのままである。
ようやく陽春も不審に思い始めた。彼はいつまでそうしているのだろう。何故、引き返さないのか。
すると突然、侵入者が何事かを叫び始めた。一体何を言っているのかわからないが、怒っているようにも感じられた。侵入者はその後も何事かを喚きながら、今渡ってきた縄を回収し始めた。そして回収した縄を、今度は馮垣に向って投げ始めた。
「な、なんで・・・?」
茫然として立ち尽くす陽春に、侵入者が近づいて来る。
2011/02/06 | 創作
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