「壁」 ラニタリ 4
「フーッ。」
ラニタリは大きく、そして静かに息を吐いた。
一つ目の『壁』を登るのはそれほど難しいことではない。しかしラニタリは、この一つ目の『壁』を登ることこそ、今回の儀式のもっとも大切なポイントと考えていた。
ラニタリの練習した穴を越える方法は、一度二つ目の『壁』へ縄を渡すことができれば、あとはあっという間に二つ目の『壁』の上へ到達することができる。反面、縄を渡し損なってしまえば、投げた縄を回収し、もう一度縄を投げなければならない。もちろんその間、ラニタリは無防備な矢の標的になってしまうことになる。
他の穴を越える方法であれば、一つ目の『壁』を登ることは最初の障害でしかない。最も大切なことは、いかに早く穴を越えることができるかであり、早く穴の前に到達する為、一つ目の『壁』は全速力で登る必要があった。
たがラニタリはそうしなかった。一つ目の『壁』を、じっくりと時間を掛けて登った。その時、細心の注意を払って、わずかな物音も立てずに登った。ラニタリの場合、一つ目の『壁』の上に立つまで見張りに見つかるわけにはいかない。縄を渡し損ねるリスクがある以上、せめて一投目は見張りに悟られる前に投げる必要があったからだ。
一つ目の『壁』の上で深呼吸しながら、ラニタリは思った。おそらく見張りはまだ、自分がここに到達したことに気付いてはいないだろう。なんとか一投目を誰にも邪魔されずにチャレンジできそうだ、と。
徐に用意した鉤爪付きの縄を取り出すと、投げる準備に取り掛かる。今日の朝方まで投擲の練習を行った。血の滲むような練習の結果、ラニタリは6割ほどの確率で鉤爪を引っ掛けることができるまでになっていた。しかしそれは、4割は失敗することを示している。激しい練習がラニタリに自信を与えていた。だが失敗の可能性がそれほど低くない以上、不安を完全に拭いさることは出来ていなかった。
投擲の準備をしながら、ラニタリは必死に高鳴る鼓動を抑えようとしていた。緊張や不安はもちろんのことだが、その鼓動にはワクワクとする興奮も多分に含まれていた。この儀式で最高のパフォーマンスを示すことができれば、一族の中で自分を見る目も一瞬にして変わることだろう。あの優しいラブラカも、自分のことのように喜んでくれるに違いない。またそうなれば、当然あの憎たらしいヤルマを黙らせることができる。これまでラニタリをバカにし続けてきたヤルマに敗北感を味あわせることができるからだ。そしてラニタリはそれを実現する為の大きなチャンスの目の前にいる。その事実が彼を高ぶらせていた。
縄を両手にしたラブラカは、静かに立ち上がった。結局、胸の高鳴りを抑えることは出来なかったが、それは仕方がないことだと思うと、妙に落ち着いた気分になった。出来るという自信が全身に漲った。静かな興奮が彼を包んでいた。
右手に持った縄をゆっくりと回転させる。徐々にヒュンヒュンと縄が風を切る音が大きくなり、投擲の準備が整った。
「いくぞ!」
ラニタリが心の中で気合いを込めてそう叫んだその時、ビュッっと音をたててラニタリの顔のそばを通りすぎて行くものがあった。
ラニタリの目が大きく見開かれた。
矢だ。
見張りに気付かれた。
心の中を、大きな黒い影が覆っていくように感じられた。
2011/02/05 | 創作
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