「壁」 ラニタリ 1
少年は月明かりを頼りに、独り馬を走らせていた。いや、彼がこの表現を聞けば、
「俺はもう子供ではない。」
と言うはずだから、少年という表現は適切ではないのかもしれない。彼の名はラニタリ。数え年で十三になる。
彼が自分は子供ではないと言い張るのは、それこそ子供じみた強がりに思えるが、実際そうではない。現に今、彼は大人になろうとしている。大人として認められようとしていると言った方がいいか。
小一時間ほど前、彼が大人として部族に迎え入れられる為の儀式が始まった。儀式は決まって、満月の夜に行われると決まっている。それは少しでも明るい夜が選ばれるということを意味していた。
ラニタリは普段身につけることのない部族伝統の衣装を着せられ、なんともいえない気分を味わった。これで自分も大人として認められるという期待感と同時に、儀式を無事終えられるかという不安感を味わったのである。色とりどりの野鳥の羽をあしらった羽飾りを頭に着け、顔には朱色の化粧をしてもらった。
ラニタリに衣装を着せ、化粧を行うのは全て部族の男たちである。女性はこの儀式に参加することはできない。儀式は部族の男たちにとって、大人として認められる為に重要なものであると同時に、彼らの結束を深める為にも重要なものであった。戦や狩りには女性は参加しない。よってそれらの団体行動に今後加わる仲間を迎える儀式にも、当然女性が参加する必要がないという考えなのだろう。
ラニタリに化粧を施しながら、声を掛ける青年がいた。
「ラニタリ、怖いのか?」
「・・・。」
青年は興奮と緊張の入り混じった、複雑な表情のままのラニタリの顔を見つめると、ふっと微笑んだ。
「俺はヤルマたちとは違う。お前が怖いと言って泣き出したって笑ったりしないさ。」
「兄さん・・・。」
ラニタリに化粧を施したのは、彼とは五歳離れた兄、ラブラカである。彼らの父親は現部族長であり、ラブラカはその十一番目の息子、ラニタリは十二番目の息子である。ラニタリは父の最も若い妾の子であり、一番上の兄とは三十三歳も離れている為、とても今日我々の想像するような兄弟の関係は築けなかった。さらに妾の子ということで、他の兄弟からは何かにつけて冷たくあしらわれることがあったが、ラブラカは正妻の息子であるにも関わらず、この一番歳の近い弟が生まれた時から可愛がってきた。ラニタリもこの心優しき青年を、同じ母から生まれた兄弟と同じように敬愛し、彼のようになりたいと思って生きてきた。
「俺、怖くはないんだ。ただ、うまくできるか不安なんだ。」
「そうか。」
正直に告白した弟を見て、兄はうん、と頷いた。
「何も心配することはないさ。俺が教えたとおりやれば大丈夫。きっとうまくいく。」
そう言うとラニタリの両肩をバンと叩き、彼の顔を覗き込んだ。
「これが終われば、お前も一人前の大人だ。いままでお前をバカにした連中を見返してやるんだろう?」
「うん。」
こっくりと頷く。
「だったらその不安を自分で克服するんだ。この儀式は、その為にやるんだと言ってもいいな。
とにかく自信を持って、俺が教えたとおりにやればいい。不安がっていては、いつもの力は
発揮できないぞ。」
「わかったよ、兄さん。『壁』に着くまで、何度も手順を頭の中でおさらいするよ。」
「よし、それでこそ我が最愛の弟だ。」
そう言うとラブラカはニッと笑うと、またラニタリの方をバンと叩いた。
2010/10/18 | 創作
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