「壁」 ラニタリ 2
『壁』に程近い木陰に馬をとめると、ラニタリは息を潜めて『壁』へと近づいていった。ラブラカに言ったように、ラニタリは『壁』へ向かうその道中、ずっとラブラカから教えられた手順を反芻していた。
「まず『壁』について教えるぞ。行ってみるとわかる事だが、『壁』は一枚だけじゃない。全部で5枚あるんだ。」
「五枚?そんなにあるのか・・・。」
ラブラカの説明に、ラニタリは驚いた声をあげる。
「そうだ。だがそんなに難しいことではない。五枚全部を越える必要はないんだ。実際に越える壁はニ枚でいい。」
「ニ枚でいいのか?ニ枚越えると煙がでるのか?」
「そのとおりだ。」
ラブラカが頷く。彼らの大人になるための儀式とは、『壁』を独力で越え、煙を上げさせることである。そういう意味では、儀式というよりは試練と言い換えたほうが良いようにも思える。
「五番目の壁の向こうには常に見張りが立っていて、どういうわけかニ枚目を越えた時、見張り小屋から煙を出すんだ。その煙があがれば、儀式は成功というわけさ。」
「なるほど・・・。」
ラブラカのわかりやすい説明で、ラニタリは自分が成すべきことをようやく理解することが出来た。幼い頃から儀式については周りから聞いており、ぼんやりと『壁』を越えるとしか考えてこなかったことを、今具体的にニ枚の『壁』を越えると聞き、その儀式が現実味を帯びて感じられた。それと同時に、具体的に儀式について考えたラニタリは、その儀式がそれほど難易度の高いもののようには感じられなかった。
「けどニ枚越えるだけだったら、失敗することなんてほとんどないんじゃないか?」
思ったとおりの疑問をラブラカにぶつけてみる。もしラブラカの言ったように、壁をニ枚越えるだけであれば、ラニタリの、いや歳相応の部族の男たちの身体能力をもってすれば、それはそれほど難しい試練ではなかった。しかし、毎年行われる儀式では、その半数がニ枚目の壁を越えられずに失敗していた。
「確かに、ニ枚越えるだけ、ならな。」
何かを含んだように笑うラブラカ。
「いいか、ラニタリ。ここからが大事なところだから良く聞いておけ。実は一枚目とニ枚目の壁の間には大きな穴が掘ってある。そしてその穴には無数の茨が敷き詰められていて、容易に跳び越えられる穴じゃないんだ。」
「それは飛び越えればいいんじゃないか?」
「それがそうもいかない。ほら、あそこの木が見えるか?穴の向こう側までは、ちょうどここから、あそこの木ぐらいまでの距離があるんだ。ラニタリはこの距離を跳び越えらるか?」
ラブラカが指し示した木までの距離は七メートルほど。到底、儀式を行う十三歳の少年達には跳び越えられる距離ではなかった。
「あんなの、兄さんだって無理だろう。」
ラブラカの意地悪な質問に、ぷぅと膨れたラニタリは、そう返すのが精一杯だった。
「そうだな。この距離は俺でも無理だろうな。そこで跳び越える為にどうすればいいか。これが大事になってくる。しかもこの穴を越えるのに時間をかけてはいけない。なぜなら、壁を登っている間は見張りからは見えないから安全だが、穴を越えている間は見張りからは丸見えだ。モタモタしていると、見張りのやつらは矢を射掛けてくるぞ。たまに儀式で怪我をしているやつがいるだろう?あいつらは穴を越える最中に射られてしまったんだ。」
「うん。でもそんなに簡単に跳び越える方法なんてあるのか?」
「ある。だが練習が必要な方法だ。お前は儀式の日まで、その方法をひたすら練習するんだ。」
2010/10/20 | 創作
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